中国の新疆ウイグル自治区と聞いて場所の想像がつくでしょうか。
新疆ウイグル自治区は広い中国の最西端に位置しており、なんと世界で最も海から遠い地域だそうです。
さらに、そこにはかつてシルクロードの中継地点として栄えた中央アジア文化が根付いており、中国にあって中国でない不思議な文化が存在しています。
そのような経緯もあって、かつては現在の中央アジア5ヶ国とともに「トルキスタン」と呼ばれた中国・新疆ウイグル自治区。
そんなこの地域について、ざっくりとした歴史と、現在に続く魅力をざっくりと紹介します。
かつての東トルキスタン、現在の新疆ウイグル自治区について
中国には日本で言うところの都道府県のような感じで省、直轄市、特別行政区、民族自治区という自治体区分があります。
省と同等の扱いをされる民族自治区が全5ヶ所あり、新疆ウイグル自治区はその中のひとつです。
「47都道府県」ならぬ、「33省市行政区自治区」です。
この新疆ウイグル自治区、中国内のすべての自治区・省の中でも最大の面積を誇っています。
なんと、中国の国土面積の6分の1を占め、日本の4.5倍だそうです。
地図を見ると、新疆ウイグル自治区はこの自治区だけで、ロシア、モンゴル、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インドと、8つもの国と隣り合っています。
語尾に「~スタン」と付く国々(通称スタン系国家)と沢山の国境を接していることからも、新疆ウイグル自治区が中央アジア文化圏であることが読み取れます。
さらに、ロシアともインドとも国境を接しているというスケールの大きさも感じます。
この地域は別名「東トルキスタン」とも呼ばれており、その生い立ちと共通事項について説明します。
「東トルキスタン」とは?
まず、「トルキスタン」とはペルシャ語で「トルコ人の土地」という意味とされています。
「~エスターン(-estān、ـستان)」で「~の土地、~が多い場所」などという意味となり、現在の中国・新疆ウイグル自治区や、その西隣に位置する現在の中央アジア5ヶ国など、歴史的にトルコ系民族が多く住んできた土地を指してトルキスタンと呼ばれてきたようです。
そんなトルキスタンですが、歴史の中でロシア勢力側と中国勢力側に領土が分割され、東西トルキスタンとして区別されることになりました。
トルコ系、モンゴル系、中華系の国々で入れ代わり立ち代わりしながら、最終的には中国内の自治区となったトルキスタンの東側地域の歩みについて、ざっくりと紹介します。
※西トルキスタンについてはこちらをどうぞ
東トルキスタンのざっくり歴史
西トルキスタンとともに、中世ではペルシャ文化と中華文化の貿易の中継地点として大いに栄えたそうですが、日本が開国して間もない明治3年(1870年)に発行されたと思しき世界地図、「地学事始」ではすでに中国領になっています。
ただ、北京や上海などの地域とは万里の長城を境に色分けをされていて、資料の中では「支那土留喜須丹(=シナ・トルキスタン=中国領トルキスタン)」としてその存在が言及されています。
その後、1950年代に現在のような「新疆ウイグル自治区」としての自治体となりました。
上記地図画像の赤色部分が新疆ウイグル自治区です。
現在の東トルキスタン(中央アジア)としての新疆の特徴
上述のように、文化としては中央アジア、国家としては中国、という状況に置かれた新疆ウイグル自治区。
今では中国の他のどの都市にも見られないような唯一無二の街並みや食文化が存在する地域となっています。
特徴その①:漢字とアラビア文字が混ざり合う不思議な景観
新疆ウイグル自治区は、その名の通りウイグル族の民族自治区のため、公用語は中国語とウイグル語です。
中国語が漢字(簡体字)を使用する一方で、ウイグル語はアラビア文字を使用するため、街中では2種類の文字が混在しています。
そのおかげで、中国に居ながらにして、まるでペルシャやアラブの国々にいるかのような雰囲気が漂ってきます。
また、新疆ウイグル自治区には、ウイグル族と漢民族(所謂中国人)だけでなく、非常にたくさんの民族が住居しており、さらにその中でも過半数を占める多数派民族が存在しません。
民族名 | 割合 |
ウイグル族 | 約45% |
漢族 | 約42% |
カザフ族 | 約6% |
回族 | 約5% |
キルギス族 | 約1% |
その他 | 約1% |
ちなみにウイグル語は、カザフ語、キルギス語、ウズベク語などと近しい関係があります。
これらの言葉は、かつて西トルキスタンと呼ばれていた、新疆のお隣のカザフスタンやキルギスタン、ウズベキスタンなどの国々にまたがって話されています。
しかし、東西の歴史的な経緯(中国領か、ソ連領か)から、同じウイグル族やカザフ族でも、日常生活で利用する文字はお互いの国の事情で度々変更されてきました。
年代 | 東トルキスタン | 西トルキスタン |
かつて | アラビア文字 | アラビア文字 |
1920年代 | ↓ | ラテン文字 |
1940年代 | キリル文字 | キリル文字 |
1950年代 | ラテン文字 | ↓ |
1980年代 | アラビア文字 | ↓ |
このため現代においても、新疆在住のウイグル族やカザフ族はアラビア文字を、中央アジア諸国在住の人々はキリル文字を使用しています。
つまり、両国にまたがる同一民族とは口頭で話すと同じ言語なのに、お互いの文字が異なっていることになります。
私たち日本人からすると不思議な気持ちになりますね。
ただし、一般的な旅行者が行くような街であればほぼ全土で中国語が通用するようなので、ウイグル語やアラビア文字が読めなくても、漢字が読めればなんとなく(レストランで何を頼んでいるかくらいは)分かります。
特徴その②:イスラム教徒が多いが、戒律は非常に緩い
また、一般的にウイグル人はイスラム教を信仰していると言われていますが、新疆ウイグル自治区は中国であるため、短期滞在という意味では、戒律について神経質になる必要はなさそうです。
これは中国だから、という理由も大きいと思いますが、元々ウイグル人含む中央アジアのトルコ系民族にとって、イスラム教は後から伝わったものであり、元々独自の信仰を有していたから、という理由もありそうです。
特に食文化については、お隣の中央アジアのスタン系国家の人々と合わせて、短期旅行者が困ることは無いと思われます。
基本的には街中で中華料理にありつけますし、ウイグル料理店でもお酒を提供するところは多いようです。
特徴その③:ご飯が美味しい
ウイグル文化として欠かせないのはその料理です。
ウイグル料理は東西トルキスタンのトルコ系諸民族の料理と共通する部分がかなり多いのですが、歴史的に中華料理との接点が大きかったこともあり、調味料や調理方法など、両者の良いとこどりと言っても過言ではありません。
例えば、中央アジアを代表する麺料理であるラグメン(لەغمەن、leghmen)について、ウズベク料理ではスープスタイルのソフト麺といった印象ですが、ウイグル料理では中華料理のような餡掛けスタイルで、更に麺をバシバシ手打ちする非常にコシのある麺です。
私は日本のウイグル料理店でしかいただいたことがありませんが、中華料理を身近に感じる日本人であれば、病みつきになること間違いなしです!
新疆料理とウイグル料理は必ずしもイコールではないのですが、中国各地でいただけるメジャーな料理である他、日本にも何店か存在します。
日本における、沖縄料理のような位置付けかも知れませんね。
新疆ウイグル自治区の旅行者的行きたい街をざっくり紹介
新疆ウイグル自治区は、自治区と名前がついていても中国です。
都市部の写真を見ると、延々と続く巨大なビル群や、漢字で溢れかえった街並みなど、正直中央アジア感はゼロです。
それでも西の方に行けば行くほど中央アジア感が高まり、人々の顔つきや街並み、文化などの中央アジア感が増してくるようです。
私はこれまでの新疆体験と言えば日本でウイグル料理店へ行ったことがあるだけですが、いつか行きたいという希望を込めて、中央アジア的な気になる街を紹介します!
ウルムチ:新疆ウイグル自治区の中心都市かつ、中央アジアへの玄関口
新疆ウイグル自治区の首府であるウルムチ(ئۈرۈمچی、Ürümchi)はシルクロードの幻影を追い求めてきた旅行客を幻滅させるほどの大都会です。
しかし、大都会だけあって日本からの直行便(大阪、名古屋)もありますし、中央アジア諸国の各都市やコーカサス、イランなどの、日本からは馴染みの薄い都市へのフライトもあり、新疆だけでなく中央アジアから西アジアまでの国々へのハブ都市となっています。
また、いくらシルクロード感がゼロとはいえ、そこは観光地を作るのが得意な中国。
国際大バザールや民俗博物館などの箱モノは非常に充実しており、観光という意味では飽きずに楽しめそうです。
それだけに、リアルな中央アジア感を楽しみたい人にとっては、複雑な気持ちになる都市かも知れません。
カシュガル:ウイグル文化の中心地となる自治区内第2の都市
自治区の南部に位置するカシュガル(قەشقەر、Qeşqer)は、ウルムチとは打って変わってウイグル人が多数派となる街です。
地理的にはキルギスタンやタジキスタンが目と鼻の先にあり、中国文化よりも中央アジア文化の方を感じることができそうです。
ここには中国最大のモスクであり、地域の信仰の拠り所であろうエイティガールモスクがあったり、如何にもイスラムチックな聖人廟があったり、日曜日のバザールが開かれたりして、写真や旅行記で見る限りは非常に中央アジア心をくすぐられる都市です。
1600年代に建てられたと言われる聖人廟もありますが、ウズベキスタンで見られるような青が映えるモスクとは違う見た目です。
これもまた違った素晴らしさを持ち、文化の違いを感じさせてくれます。
新疆ウイグル自治区にはウイグル人の他、カザフ人、キルギス人なども多数暮らしていますが、ウイグル人にはカザフスタン、キルギスタンのような、民族国家にあたる独立国家が存在しません。
その為、ウイグル人の文化を体感するためにはカシュガルがうってつけですね!
イリ・カザフ自治州:中国北西部の最深部、秘境と遊牧の自然派地帯
新疆ウイグル自治区北部のイリ(ウイグル語:ئىلى、Ili、カザフ語:ىله、Іле)はウイグル自治区にありながらカザフ族が自治権を有する州です。
接する地域もロシアのアルタイ共和国、モンゴルのバヤン=ウルギー・カザフ自治県、そしてカザフスタンと、かつてカザフ族やその他遊牧民族の遊牧エリアだったことが伺えます。
自治区南部の砂漠地帯と異なり、緑が生い茂っていて自然が豊富にあり、夏にはカナス湖(ウイグル語、カザフ語ともに:قاناس كۆلى、Qanas köli、Қанас көлі)のような絶景が、冬にはスキー等のウィンタースポーツが楽しめるようです。
ちなみに、新疆ウイグル自治区北部に在住するカザフ族は、カザフスタンのカザフ族に比べて遊牧民としてのルーツを保っていると言われています。
北部各地では「キイェズ・ウイ(Киіз үй)」と呼ばれるカザフ族のユルト(天幕)にお邪魔する、お宅訪問みたいなスタイルの観光があるそうです。
クズルス・キルギス自治州
自治区西部、カシュガルに隣接するクズルス(ウイグル語:قىزىلسۇ、Qizilsu、キルギス語:قىزىلسۇۇ、Кызыл-Суу)は、ウイグル自治区にありながらキルギス族が自治権を有する州です。
キルギスタンにも隣接していることから、その文化の大部分を共有していることは間違いありません。
お隣のキルギスタンは琵琶湖の9倍という超絶スケールの巨大な湖・イシククル湖という観光資源を持っていますが、こちらのクズルス・キルギス自治州にもカラクリ湖(ウイグル語:قاراكۆل、Qaraköl、キルギス語:قاراقۅل、Кара-Көл)という、なんと海抜3,600mの高地に位置する大絶景の湖を持っています。
隣町のカシュガルからのツアーが組まれているようで、「ボズ・ウイ(Боз үй)」と呼ばれるキルギス族のユルト(天幕)にお邪魔するという、カザフ族と同様の一連の流れと絶景が楽しめるそうです。
カシュガルからは車で片道4時間ほどかかるそうですが、これは行ってみたいですね…!
タシュクルガン・タジク自治県
クズルスの南、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン国境と接するタシュクルガン(ウイグル語:تاشقۇرغان、Taşkorgan、タジク語:Тошкйрғон)は、ウイグル自治区にありながらタジク族が自治権を有する県です。
※自治体区分としてはカシュガル地区配下の県となります
ここには中国の果てというか、アジアの秘境感が凄いスポットがあります。
かつてのシルクロードの遺跡である石頭城遺跡や、険し過ぎる山々による絶景など、旅人心をくすぐるスポットが数多くあるようですが、2021年現在においては、数年前から個人旅行が禁止されているとのことで、これらの奥地へ向かうためには現地ツアーに申し込みましょう。
ちなみに、ここでいうタジク族とは、タジキスタンのタジク族とは異なる民族を指しています。
ペルシャ系民族、という点では同一なのですが、彼らが話すのはタジク語ではなくサリコル語やワハン語と呼ばれる言語で、この3者はお互いの意思疎通が困難なほど違っているそうです。
いずれにしても、アフガニスタン/タジキスタンの国境に位置するワハーン回廊やパキスタン国境のフンザなど、秘境系旅人にはたまらないエリアですね!
※北部アフガニスタンについてはこちらでも記載しています
終わりに
東トルキスタンの地域概念と、現在の新疆ウイグル自治区についてざっくりと解説してみました!
中国と一括りにしても、その西の端は全く異なる文化が根付いている地域となっています。
お隣の国と言っても長期休暇を取らないとなかなか来ることができない位置にありますが、気になったら是非インターネットで色々と調べてみてもらえると嬉しいです。
日本にはウイグル料理を提供する店がいくつかあるので、中国の中の中央アジアを感じるために、行ってみてはいかがでしょうか!
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