ラテン文字化に揺れるカザフスタンの憂鬱

興味

以前、カザフスタンが国家語であるカザフ語の文字を変えるらしいという話について調べてみたことがありました。
文字変更における背景やカザフスタンの人々がどう感じているのか、などは下記記事をご覧ください。

文字を変えるということは中々難しいプロジェクトの様に思えますが、実際に多方面を納得させる変更案を決定することは相当困難なようで、2017年に計画が発表されて以降、毎年のように変更案が更新されています。
※2021年現在でもまだ最終決定はしていない模様

そんなカザフスタンの苦悩とともに、文字の変更案を振り返ってみようと思います!

カザフ語がローマ字に変更する難易度

文字を変えると聞くと前代未聞の決断の様に思えますが、カザフスタンの近隣諸国達にとってはそうでもないようです。
近隣諸国であり、同じ旧ソ連に所属していたウズベキスタンやトルクメニスタン、アゼルバイジャンは、90年代のソ連からの独立後早々に国家語をキリル文字(ロシアとかで使っている文字)からラテン文字(所謂ローマ字)に変更しています。

また、カザフ語と言語的に近しい関係と言われている、トルコ共和国も、かつてトルコ語をアラビア文字からラテン文字に切り替えた歴史があります。

そう考えると、言語的に共通点があるカザフスタンでも試みてみたいところ、というか寧ろ出来ないわけがない考えるのが自然な気がします。

さらに、実はカザフ語自体も過去に文字変更の実績があり、実は初めての経験ではないのです。

というのも、元々は文字を持たない遊牧民の言葉であったカザフ語は、中世よりアラビア文字を使用していました。
カザフスタンがソ連の構成共和国になった後、当局の指示によりアラビア文字からラテン文字が採用され、その後キリル文字が制定されたとのことです。

つまり、今から100年近く前には1度ラテン文字を導入していた時期があったらしいのです。

ちなみに、文字が変更されてきた過去はお隣中国新疆ウイグル自治区に住まうカザフ人も同様です。
更にこちらはラテン文字を経てもとのアラビア文字に落ち着いたということで、お隣カザフスタンのカザフ人とは同じ言葉だが文字が異なるという不思議な状況となっています。

苦悩するラテン文字化への道

上述のように、過去に一度ラテン文字を使用したことがあるのであれば、その時のラテン文字に戻せば良いのでは?と思ってしまいます。
しかし、当時と今とではなかなか事情が異なり、中々大変なようです。

調べてみると、大方の文字自体は何の問題も無く決定しているのですが、特定の少数文字の確定に苦心している状況がうかがえました。
それぞれのバージョンの思惑と課題ついて調べてみました。

第0版:既存のアルファベットで頑張ってみた草案

公式見解としてのアルファベット一覧を公表する前に、先ずは草案としての一覧が公表されたようです。

https://www.zakon.kz/4877319-kakim-budet-novyy-kazahskiy-alfavit.html

上記はカザフ語文字の一部で、基本的には[А→A]や[Б→B]など、議論の余地がないものが殆どです。

ただ、キリル文字のХとҺ、ІとИは、ラテン文字化の過程でH、Iと、それぞれふたつあった文字がひとつにまとめられています。
これは文字を捨てるようなイメージなんでしょうか。

…と言いつつ、議論を引き起こしそうなのはこれ以外のアルファベットで、これまで1文字で表せていたものが2文字構成になるものたちです。

https://www.zakon.kz/4877319-kakim-budet-novyy-kazahskiy-alfavit.html

この案を見ると、特殊文字を使用せずに通常のラテンアルファベットだけでカザフ語を表現することを優先しているように見えます。
政府の苦心の跡(それか、適当に決めた感じ)が伝わってきます。

この草案の変更を実際の簡単な文章に置き換えてみるとどうなるのでしょうか。
下記の簡単な例文で検証してみようと思います。
※カザフ語はまったり勉強中です。もし当記事内に間違いを見つけたり、アドバイス等あればそっと教えていただけますと幸いです…

私は この 歌手が とても 好きです。彼の 声の  ために 彼が 大好きです

Маған бұл әнші қатты ұнайды. Оның дауысы үшін оны жақсы көремін
マガン  ブル アンシ カッテ  ウナイデ   オヌン ダウィセ ウシン  オネ ヂャクセ  コリェミン

上記の例文を使うと…

Маған бұл әнші қатты ұнайды. Оның дауысы үшін оны жақсы көремін

Maghan bul aenshi qatty unajdy. Onyng dawysy ueshin ony zhaqsy koeremin

こうなります。たしかに特殊文字が無い分、純粋なローマ字読みができます。
その反面、誤解を招きそうな表記があったり、全体的に文章が長くなりがちだったりして、スラスラと読み書きできるようになるまでが大変そうです。

第1版:「ハッシュタグにできなくて」不評だったウズベク踏襲案

2017年にラテン文字化することを宣言し、その後の草案の反省点を踏まえたのかどうかは分かりませんが、同年中に初めての変更案としてのアルファベット一覧を公表しました。

Presidential Apparatus of the President of Kazakhstan, Public domain, via Wikimedia Commons

草案に続いて、特殊文字は一切ありません。
全て通常のラテンアルファベットだけで表現し、それだけでは表現できない音についてはアポストロフィを付けることで成り立っています。

これは隣国ウズベキスタンがOʻ、Gʻ(ソ連時代はЎ、Ғ)の2文字で採用している方法と同じもので、前例があるのですが…ウズベキスタンと異なり、とにかく点が付く文字が多いです。
例えば、ウズベク語では「Sh」「Ch」と2文字で表現しているШ(日本語のシャ行)やЧ(日本語のチャ行)のような文字も、カザフ語ではアポストロフィ付き文字「Sʻ」「Cʻ」で表しています。

これは、キリル文字とラテン文字が同一文字数で表現されることに拘ったのかと推察されます。
もしかすると、草案版における文字数が多くなってしまうことへの課題を意識したのかも知れません。

実際に検証してみました。

Маған бұл әнші қатты ұнайды. Оның дауысы үшін оны жақсы көремін

Magʻan bul aʻnsʻi qatty unaiʻdy. Oninʻ dayʻysy uʻsʻin ony jaqsy koʻremin

と、恐らくこのような形になるのですが、文中のアポストロフィの数が多くて単純に読み難いように思います。

やはりと言うべきか、世論からも色々とご意見があったようで、

  • シンプルに見ずらい、書きずらい
  • インターネット検索でアポストロフィがスキップされると支障が出る
  • SNSでハッシュタグが使えない

などなど、結局翌2018年に見直し案を提出することになったのでした。

https://www.trt.net.tr/japanese/shi-jie/2019/10/22/20191021-005-1292026
UMIT
UMIT

しかし、カザフスタンもウズベキスタンも通常アルファベットのみの運用に拘ってますね。

特殊文字を使用するとお金がかかるんでしょうか…

第2版:単純に「Aʻ」→「Á」と変えたら多少見やすくなった案

2018年に発表された第2版は、主に下記の点において変更が行われました。

  • 不評だったアポストロフィ付き文字「Aʻ」をアキュートアクセント付き文字「Á」に変更
  • Ч、Шは1文字ではなく、2文字の子音「Ch」「Sh」で表記(ウズベク語方式)
  • И、Йはトルコ語などで使われる、「ı」(上の点がない「i」)で表記
Hellerick, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

早速検証してみました。

Маған бұл әнші қатты ұнайды. Оның дауысы үшін оны жақсы көремін

Maǵan bul ánshi qatty unaıdy. Onyń daýysy úshin ony jaqsy kóremin

点の位置が変わっただけではありますが、大分見やすくなったように思います。

こちらの表記は第1版よりは市民に受け入れられたようで、この形式の文字を使っている看板などをネット上で目にしたことがあります。

個人的に気になったのは、И、Йの代打として登場した「ı」(上の点がない「i」)の存在です。
この文字はトルコ語やアゼルバイジャン語で使われていて「イの口の形でウと発音する」ような音と言われています。

カザフ語とトルコ語は親戚関係にあると言われているので、トルコ語に倣ってこの文字を使う事は理にかなっていると思いました。
しかし、それと同時にどことなくモヤモヤしたのでした。その理由としては…

  • カザフ語のИ、Йは「イっぽいウ」というよりは所謂「イ」に聞こえるので「i」の方が適任な気がした
  • トルコ語的な感覚で考えると、カザフ語における「ı」は、寧ろЫが適任?
  • 小文字は「ı」「i」で区別があるのに、大文字は両方とも「I」で何故か区別がない(上図の№10,11)

3つ目については表記ミスかも知れませんが、この案についても再度変更が入ったそうです。

変更の理由ははっきりしませんが、なんでもかんでもアキュートアクセント(頭上の点)を付けるやり方はあまりカッコよくないと感じたのかもしれません。

第3版:特殊文字を受け入れたバランス重視案

2018年の第2版から、2019年の見直し案を経て、2021年に第3版が公表されました。
これまでの路線から大きく変更され、下記の点で見直しが入っています。

  • トルコ語を中心に、他国の特殊文字を積極的に取り入れた
  • 混沌としていた「И、Й、І」や「У、Ұ、Ү」を合理的な方法でまとめた
Hellerick, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

今のところはこちらが最新版のようですので、早速例文で見てみましょう!

Маған бұл әнші қатты ұнайды. Оның дауысы үшін оны жақсы көремін

Mağan būl änşı qatty ūnaidy. Onyŋ dauysy üşın ony jaqsy köremin

大分特殊文字は入っていますが、トルコ語を始め他の国の言葉でも使用されている特殊文字も多く、さらにキリル文字とラテン文字の関係が1対1になっていることもあり、これまでの案に比べて大分見やすくなっているように思えます。

ネット上では相変わらず賛否が渦巻いているものの、カザフ語のラテン文字化の円滑な移行を祈りながら今後の流れを注視することとします。

おわりに:変更はまだまだ終わらない?

いかがでしょうか。
カザフ語のラテン文字化における歴代案を見てみました。

ちなみに、ネット上ではҢの後継文字を「Ŋ」ではなく新たなオプションである「Ñ」で表記している例を見かけたりして、早くも2021年案が確定版なのかどうか怪しい印象を受けます。

文字の変更における様々な苦労が垣間見えるとともに、一刻も早い文字の確定・変更がなされることを願います。

カザフ語のラテン文字化とそれにおける国内外の影響について、見守っていきましょう!

それではまた!!!!!

コメント

  1. 不思  より:

    「元々は文字を持たない遊牧民の
    言葉であったカザフ語」と
    ありますが、カザフ語の原形を
    含む中世チュルク諸語は既に
    アラム文字系統のアルファベット
    である突厥文字を使用していますよ

    • UMIT より:

      コメントありがとうございます!
      突厥文字…アラビア文字が入ってくる前に別な文字を使っていたのですね。
      今のカザフ語の形になった後もこれらの文字を使っていたのか気になりますね!

タイトルとURLをコピーしました